suztomoの日記

To be a good software engineer

Economics for the Common Good

読書メモ。環境問題から格差社会までさまざまなトピックについて著者が紹介している本。とくにゲーム理論をはじめとしてIncentiveにまつわる話が多い。

経済学者と癌専門医との似ている部分は、今にある限りの情報を使ってもっとも有効であろうと思われる「治療法」を勧めることである。ある限りの情報から問題を分析するという点はソフトウェアエンジニアに似ていると思ったが、「勧める」という部分がポイントでいかに経済学者が博識であろうとも実際の政策は経済学の素人の政治家や役人が決めるところに著者の主張するジレンマがある。プログラマは自分たちで問題を対処することが多い。

Daniel Kahnemanによる研究で人間の記憶や印象は間違って残るという。2001年の同時多発テロから殺人で20万人もが殺されているが、そのうちイスラム教徒によるテロリストは50人だけである。しかし、人々の頭ではテロリストが殺人の原因であるという印象が強い。顔が見える被害者へのバイアスは強い。「一人の死は悲劇であるが、100万人の死は統計である」というのはJoseph Stalinの言葉。

公共の資源を適切に民間に配分するするにはどうすればいいだろうか。やる気や公益は測ることができない。アメリカでは、もっとも多く払う会社に電波を提供する電波オークションという仕組みを経済学者がデザインして、政府に税収をもたらした。

経済学の本には3種類ある。Greek-letterは難しい学者向けの経済学の本、Up-and-downは株価や経済指標が上がった下がったという話を述べる本、そしてairport本は飛行場の本や売っているような一般人向けベストセラーになるような本。

Moralの対立に陥ってはいけない。Moralは時代によって変わるものである。より正しいアプローチは質問を重ねることである。「被害者は誰か」「そう考える原因は何か」「他者の権利を侵害するに足る理由はあるのか」。臓器移植、代理母、売春など様々な規制があり、それらの論拠を知ることは政策立案の背景を知れる。

温暖化ガス排出量規制は特定の国だけでは効果が薄い。交渉可能な排出量規制を導入したことで各国での政策立案のコストを大幅に減少することに成功した。

新たなインセンティブを導入することで期待したのと逆の効果が現れる時がある。例えば献血した人に対価を払うという実験をしてみたところ、献血にいくことが小銭稼ぎに見えたせいで、これまで善意で参加していた協力者が減ったということもある。

"Veil of Ignorance"というのはどのような社会が望ましいかを考える際に自分のついている属性(人種、性別、土地)を全てとりはらって考えるという思考法である。車が道路にいる5人の人に向かっている。車を脇道にそらせば運転手が死に、脇道に逸らさなければ5人が死ぬ。Veil of Ignoranceの下では自分が5人側にいるか運転手側にいるかはわからないので車を脇道に逸らすという選択をするが、実際に自動運転の車を買おうとしている場合では異なる結論になるだろう。

グローバル化、貿易自由化は輸出ができる会社には利益になるが、輸入したものと競争をしないといけない会社・産業を弱める。

格差が広がっている。PikettyのCapital in the Twenty-First Centuryが有名。(労働による収入の増加よりも資本から生まれる収入の増加が大きい。なので格差は広がる一方である。)Aghionによると、価値創造をして生まれる利益と既存の資本を貸すことにより生まれる収入(rents)とを区別する必要がある。不動産価格の上昇によって得られた富は社会に価値を創造していない。

アメリカの大学が世界ランキングで上位にある。これはまず大学内のポストが能力主義によるところと、世界中から優秀な学生や先生が集まってくるからである。

なぜ経済学者は数学を使うのか。それは我々が完璧ではない(not smart enough)からであり、数学は理論の穴を見つけるのに役にたつ。プログラミング言語型理論に似ている。

カルテルを防ぐルールは、ゲーム理論に基づいている。例えば、カルテルのメンバーがカルテルを当局に通報することにより罪状がなくなる。

ゲーム理論の発達により契約はお互いが秘密にしている情報があることを前提に書かれる様になった。観測・計測できる要素が契約に含まれるようになった。

郵送で投票できるようにすれば投票率は上がるか。一見上がるのが自然だが、小さなコミュニティでは投票所にいくということが良識を確認し合う意味を持っている場合があり、そのような場合では投票所にいかなくても投票権を行使できるということは投票率が下がる要因になった。

人間が自分自身に嘘を吐く(都合のいい事実だけを信じる)のはなぜか。それは1. 意思の弱さ恐れるから、2. 喜びや悲しみを実際に経験する前に感じるから、3. 人々は自分に対する理想的なイメージを保持したいから。特に2は事故や死などを頭の外においておくことができる。幸せな暮らしを送れる反面、シートベルトを忘れるといったことがおこる。

人口の中で「内部」、「外部」に分かれてしまうと、外部とされる者の中には社会との繋がりが薄れ、治安の悪化、ゲットー、過激派に転向してしまう者もでてくる。社会全体として望ましくない結果となる。

前に書いた通り経済学者は勧めるだけであって、それを決定するのは往々にして選挙で選ばれる政治家である。政治家も人々と同じ様にIncentiveによって動く。政治家のIncentiveとは次の選挙で選ばれることであるから、政治家が正しい判断をするためには有権者が正しい知識を身につける必要がある。例えばスペインの不動産バブルは早くから経済学者から警鐘を鳴らされていたが、政治家は不動産価格上昇を止めてしまうと有権者から目をつけられてしまうために対策を怠った。

Corporate social responsibility and social responsible investment. 企業は2つの原理から成っている。価値の創造と義務(accountability)である。ここでAccountabilityとは企業と取引している人だけでなく、企業の活動によって不利益を被りうる人(stakeholders)への説明責任である。工場の近隣住民(彼らは意思決定に携われない)と工場による公害の予防が良い例。また企業によるリストラによって発生する雇用保険の費用も例に挙げられている。 European Commissionによると企業の社会的責任とは、関係者(stakeholders)との対話と日々の企業活動に、社会的な環境の問題を自発的に組み入れることである。CSRは法によって定められるものではなく、社会全体として見た時に行うべき行為を企業が自発的に取り組むものである。A sustainable view of the enterprise. 長期的に見て行う投資(SRI)。Delegated Philanthropy. フェアトレードで取引された豆を使うコーヒー屋は、そのためなら少しコーヒーが高くなっても問題ないと思う客の需要を表している(代弁している/delegated)。Corporate Philanthropy. 会社が正しいと思うことに利益が減ることになったとしても取り組む。

フランスの雇用規制改革。フランスでは正社員と非正規社員の差が激しい。この雇用規制によって会社と人材とのマッチングが上手く働かないので新しい会社・雇用が生まれていない。リストラにあった数百人の社員の顔や見えるが、この雇用規制によって失われている雇用につきうる何万人の顔は見えない。今の雇用契約は保持したまま、新しい雇用契約はよりフレキシブルにすることで既得権益の人にも理解がされるのではないか。

Agency problem。個別の人間が合理的な判断をしても社会全体として不利益が生まれること。リーマンショックが起きる直前にあの会社は問題をわかっていながらよりリスクを取った。リーマンの人間からすれば何もしなければ会社が潰れ個人としては失うものはなく、リスクを取れば(もしくはアメリカ政府が救済すれば)生き残り利益を得られるかもしれないからである。

Two-sided platform. 供給者と利用者を繋げるプラットフォームビジネスが流行っている。GoogleFacebookは広告、AppleはAppStore、AmazonはEコマース、SonyはPlay Station。Sonyプレイステーション本体を売っただけでは損をするが、これはゲーム開発会社を取り込むための作戦。ゲームが売れれば開発会社はSonyにライセンス料を払う。

Patent Pool. 特許をまとめて売ったり一緒に販売すると利用者からは便利。

経済学の分野というものは「物事には一長一短ある」と唱えるものだと考えている人々が多い。これでは政策立案には経済学は使えない。しかし、実際には多くの事柄において共通認識があることを我々経済学者は表明するべきだ。